2018年12月04日

関東長野県の御柱祭り 7年に1度の日本三大奇祭へ旅行した口コミ

私は東京都の八王子市に住む31歳のマミと言います。私の友人の住む地域には長野県最大であり、全国的にも有名なお祭りがあります。日本三大奇祭のひとつと言われている「御柱祭り」です。正式名称は「式年造営御柱大祭」といい長野県指定の無形民俗文化財にも指定されています。

諏訪市にある「諏訪大社」を中心に行われる祭りであり、全国に一万余ある諏訪神社の総本社であり、日本で最も古い神社のひとつとされています。この諏訪大社で7年毎の寅の年と申の年にしか開催されないのですが、約19mの長さで、直径が約1m、そして重量約7.5トンの巨大な柱を倒し、諏訪大社上社前宮・本宮、下社春宮・秋宮の計4つのお宮にそれぞれ四本ずつ合計16本を建てていくというものです。

宗教的な流れや建築的な立場などから「なぜそんなことをするのか」というその目的は今でも様々諸説があります。広大な社殿を造営する遺風を尊重して、その代わりに四本の御柱だけを建て替えてきているという説や、神域を示すという説、また、神霊の依代であるとする説など20種類以上あります。

そして、室町時代の『諏方大明神画詞』という記録には平安初期の時代に「寅・申の干支に当社造営あり」と書されているのが最初の記録であり、元々の起源は少なくともこのころまで遡るといわれています。単純に考え、今から1200年以上が御柱祭りのはじまりだと言われています。これは日本全体で見ても相当古い歴史を持つお祭りだと言えます。

その頃からお祭りのスタイルは変わってないと言われている部分もありますが、現代での御柱祭りでは1本の御柱につき約2000人〜3000人もの人々が蟻のように群がって大声を出しながら木を動かします。諏訪地方の6市町村の氏子たちがこぞって参加してきます。私の父も兄も、いとこや友人たちも決まって7年に1度は思いを持って参加しています。

柱が通る街道沿いの家では、御柱を曳く親戚や知人などの氏子たちに「御柱料理」を振る舞うのが古くからの風習であり、中には1日100人以上の氏子が訪れる家もあるそうです。それだけ諏訪市民にとっては御柱祭りは特別な行事であり、思いを強く持つ人も多くいる地域全体でのお祭りとなっています。

7年に1度の割合で数千人の人が、参加し、それと同じくらいの人たちが近くの街や県外から見物に来るので祭りの時は人でまともに歩くスペースもあまりないほどです。そして、それだけ人が多いということもあり、御柱祭りによる事故も多発しており、中には死亡しまったということもありました。男性が柱の下敷きになった男性が死亡したり、木落としを見物中の女性に落石が当たり重症を負ったりといった事故が何軒も起きています。

私の叔父も御柱祭りで頭を10針縫う大怪我を過去においましたが、「御柱でのケガは決してネガティブなものではない」と言っていました。それほど御柱祭りへの想いが強いのだな、と思いました。

7年に1度しか開催されない日本が誇る奇祭、「御柱祭り」は謎が多い部分もありますが、人々の思いや伝統が詰まっているお祭りです。機会があれば是非一度ご覧ください。
posted by KOUKI at 13:08| Comment(0) | その他いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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